わらしべ長者 (出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
わらしべ長者(わらしべちょうじゃ)は日本のおとぎ話のひとつ。『今昔物語集』および『宇治拾遺物語』に原話が見られる。
ある一人の貧乏人が最初に持っていたワラを物々交換を経ていくにつれて、最後には大金持ちになった話。
今日では、わずかな物から物々交換を経ていき最後に高価な物を手に入れることに対する比喩表現にも使われる例が多いが、作品の舞台である近代以前の一物一価の法則が成立しなかった段階においては、主人公の取引行為はいずれも高価なものを入手する動機はなく、需要と供給の均衡の上に成り立った等価交換を繰り返した結果として富の上昇がもたらされているという点に注目をする必要がある。(略)
あらすじ
昔、ある一人の貧乏人がいました。ある日、その男は「この後、初めに触ったものを、大事に持って旅に出ろ」と観音様からお告げをもらいました。祈った後、男が歩くとすぐに石につまずいて転んでしまい、偶然1本のわらしべ(ワラ)をつかみました。
わらしべを手に持って歩いていると、飛び回っているアブがわらしべの先に止まりました。男はアブをわらしべの先に結び付けました。
さらに歩くと、大泣きをしている男の子がいました。男の子はアブが結び付けられたわらしべを見て面白がり、欲しいと言ってきました。男は観音様のお告げを信じ、わらしべを譲ろうとしませんでしたが、男の子の母親が「ミカンと交換しましょう」と申し出てきたので、男はわらしべとミカンを交換しました。
さらに歩くと、のどが渇いている人がいました。その人は男が持っているミカンを欲しがり、持っていた布と交換を持ちかけてきました。男はミカンと布を交換しました。
さらに歩くと、倒れている馬とその傍に侍がいました。侍は急いでいるため、馬を見捨てなければならなくなりました。侍は家来に馬の始末を命じ、先を急ぎました。男は侍の家来に布と馬の交換を迫ります。家来は承諾し、布を受け取ると侍の後を追っていきました。男は川から水をくんできて、馬に飲ませました。倒れていた馬は回復し、立ち上がりました。男は馬に乗りながら進んでいきました。
さらに進んでいくと、大きな屋敷が見えました。屋敷の中に声をかけると、中から主人が出てきました。主人はちょうど旅に出かけようとしており、男に屋敷の留守を頼み、代わりに馬を借りたいと言ってきました。主人は3年以内に自分が帰ってこなかったら、この屋敷は男のものだと言いました。男は承諾し、主人は馬に乗って旅に出ました。
3年待っても5年待っても主人が旅から帰ってくることはありませんでした。男は屋敷に住みながら、裕福に暮らしていきました。
昔話のわらしべ長者です。このお話はなかなか含蓄があり、様々な寓意を見ることができます。
まず、この話には通貨が出てきません。現代に暮らしていると通貨がなくても交換はできるということを忘れがちですが、通貨での交換が広く行われるようになったのは近世になってからです。交換自体は通貨がなくても成り立ちます。
通貨が普及したのはそれ自体に価値があるわけではなく、便利だからです。逆に言えば、共通の幻想があれば、どんな物でも通貨として成り立ちます。さらに言えば、通貨はデータ単位ですので、物体としての通貨がなくてもなりたちます。銀行振り込みなんてまさにそうです。
次に、この話は絶対的に価値のないものを絶対的に価値のあるものに変換したというものではないのです。藁にしても、蜜柑や反物、馬にしても、男にとっては消費財ではありません。供給可能な余剰財なのです。逆に相手にとっては反物より蜜柑のほうがその時には必要なものであり、また、反物より倒れた馬のほうが価値のないものだったわけです。つまり、その人にとっての余剰が相手にとっての必要であり、交渉と納得に基づく相対的な等価交換なのです。
また、男は藁と虻を組み合わせることで価値を産み出し、倒れた馬を再生することで価値を取り戻しました。そこに生産があります。余剰であったものを必要とされるものに変換することで交換価値を高めたということになります。ここもまた参考になるところです。
お話の立て方によってディテイルは異なるようですが、困っている人に男が自分の余剰を提供して、そのお礼として対価物を受け取るという筋立てになっているものもあります。この場合、最初に自分が持っている余剰を提供しているわけです。つまり出資ですね。ですから一番最初は提供することから始まっている。収支で言うと持ち出しから始まっているわけです。これもまた含蓄のあることです。呼び水を入れないと水は汲めない。買わなければ宝くじは当たらない。ということですね。
さて、円高が進行しています。昨日は1ドル91円台を記録しました。いずれにせよドルは復活しません。ドルから待避したマネーはとりあえず円に向かうでしょう。アメリカを食い尽くしたマネーは日本に流れ込み、円高はますます進行していずれは1ドル60円台になるとも予想されます。当然輸出企業は大打撃。ドルで資産を持っている企業も大打撃です。すでに景気刺激策でクルマや家電の需要を先食いしていますから、内需は振興しません。一方、円高になれば、円を稼ぎたい国から食料やら製品やら相対的に安い商品が日本に流れ込むでしょう。日本国内のデフレは進行し、景気は振るわず、製造業はコストの安い海外へ移転する。国内産業は壊滅し失業は更に増大、食い尽くされた後に超円高後の超円安が襲う....。でも、ここで思い出して下さい。通貨に依らずとも交換はできます。もちろん信頼のできる通貨があればもっと便利です。炭素通貨(円やドルなど)を水素通貨(サイバーキャッシュ,CC)に待避させれば、資産を目減りさせることなく原資蓄積ができます。信用を失った通貨から信用のある通貨に変換することは普通に行われていることですよね。
こうした、「円」によらない交換が始まろうとしています。詳しくは『秋月便り』をご購読下さい。多くの方の『秋月』への参加をお待ちしております。


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