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来る平成22年2月14日(日)、東京ビッグサイトで、
同人誌即売会 COMITIA91 が開催され、橘研究所さんが出展されます。

【日時】 2010年02月14日(日) 11:00 - 15:30
【場所】 東京ビッグサイト 東4ホール [て]-03b

昨年8月のCOMITIA89で「教育における革命」を発表してから、
半年も経ずに「水素革命近未来!」が出版することができました。
これもひとえに皆様の応援のおかげと感謝いたしております。

今回のCOMITIA91では、再び橘研究所さんのご厚意で、
書籍版「水素革命近未来!」を販売いたします。
いうなれば「出版記念凱旋販売」ですね。

今回の特典は、
ご購入されたかた限定で、
  1.著者サイン (ご希望のかたはお申し付け下さい)
  2.オリジナル「教育における革命」の表紙をあしらったブックカバー
    (すでにご購入されているかたにも差し上げます。お声掛け下さい)
  3.金貨 (チョコです。2/14ですしね♪)
ご来場のかたには、
  4.来場者限定! 紙媒体深聞「医療における革命【予告】」

特に「医療における革命」は、
夏コミケでの発表を目指して鋭意編纂中の大著です。
もしかしたら、そのあたりの話も聞けるかも!
どうぞ、ふるってご来場いただき、お買い求めください。
【目的】 水素文明のハブを形成すること
【目標】 イベントの成功
【方法】 分進合撃
【手段】 共通のテクノロジー

【解説】
2.14のCOMITIA91を皮切りに、毎月イベントを開催します。

 戦 略 
この目的は、全体にとっては水素文明のハブ(たくさんのつながりを持つ結節点)を多数形成することですが、個人にとっては自身がハブとなることです。長期的にみれば、水素文明に移行することはもはや確定なのですが、その際、誰がハブになるかは未定で、これからの行動次第です。ある人がハブになれば、必然的にそこにつながる人が増え、そのようなハブとなる人が多いほど、水素文明の速やかな普及につながりますので、個人の成功は全体にとっても好ましいことなのです。

 戦 術 
ところがその際に立ちはだかる問題があります。それは既存の炭素文明構造が抵抗線となるということです。炭素利権とでもいうべきその抵抗線は、具象的には原発利権であったり、学術利権であったり、政治利権、マスコミ利権などなどです。つまり、これまでの社会構造によって利益を享受してきた組織・個人です。かれらは既得の権益を放棄せねばならぬことに頑強に抵抗します。彼らの抵抗は強く、正面から闘いを挑んでも、塹壕戦に突撃する密集部隊のように消耗戦となるでしょう。

それに対する戦術が分進合撃です。既存の利権構造から見えにくい、小さな規模で、それぞれが自由意志を持ってイベントを企画します。これが小分隊に分かれて浸透突破するということです。突破したならば目標に向けて集合するわけですが、ここでいう「突破する」とは、ハブを形成することに成功するという意味であり、目標に集結するとは、それぞれのハブが連絡し水素文明のネットワークにつながることです。

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 戦闘教義 
ところで、この抵抗線は個人の心理の中にもあります。それはこれまでの構造が続くという幻想であり、変化することへの抵抗です。人は元来、保守的な生き物ですので、目に見えぬ危機の兆候は見たくないものです。ですから、それを説得し納得を得るには、必然の未来を説明するとともに、参加することがその人にとって生存の確立を高め、共通のテクノロジーが利益をもたらすのだということを納得してもらう必要があります。

その人の立場に立って、どんな危機が予測されるか、それに対してテレビ会議などの高速談合や、さまざまな人が参加するエキスパートシステムが、その人にとってどのように役に立つかを、具体的に提示しながら説明し、水素文明に参加することがその人にとって有益なことであると納得してもらうことです。

 注意点 
その際、注意すべき点があります。「実は『連山』というサイトがあって...。参加してみませんか?」などと説明し、相手を連山につなげようとしてはいけないということです。個人と組織にはサイズに差があり、これをつなげようとするのはマナー違反です。それにあなたが仲介者となって個人を一カ所に集中させてはあなた自身がハブにはなれません。また、一カ所に集中してしまったのでは、それは中心型構造であり、既存の炭素文明構造と同じです。集中しているところから見れば、情報エントロピーの負荷が大きくなり、リスクも高まります。
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ここで大事なのは、あなた個人が個人としてつながることです。個人は個人とつながり、組織団体は組織団体でつながる。あなたがだれかとつながることが、あなたがハブになることになることなのです。こうして、あなたがハブとなることで水素文明に参加する人が増えることが望ましいのです。
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どうぞ、イベントを通していろんな人と知り合いになり、仲良しになってください。6次の隔たりをもって水素文明とつながる人が増えることが、あなたの生存可能性を高め、結果、全体の生存可能性を高めます。
分進合撃(ぶんしんごうげき)とは分散した部隊が集中するように機動・攻撃する方式である。

17世紀以降のヨーロッパ諸国では、軍隊の人員数が数万人以上の規模に拡大したため、全軍が一個の集合として機動することは非現実的となっていた。例えばクラウゼヴィッツによれば、当時の兵数8,000の一個師団が砲兵その他の部隊を伴うときは、経験によればその行軍長径は1時間行程に達したという。
(中略)
当時のヨーロッパ諸国の軍隊は傭兵主体の軍から常備軍への過渡期にあり、後の連隊や師団の前身となる編制単位が整備されていったことによって、兵力を複数に分割し、分割された兵力が相互に支援しながらそれぞれ違う経路を使って機動し、自軍に有利な戦場に集まる事が可能となった。

長沼伸一郎氏は、流動性の高い無形化世界では、その流動性の高さゆえに、固定的デジタル拠点の重要性がより大きくなるといいます。逆に言うならば、無形化世界において固定的デジタル拠点を攻略することは、有形化世界の塹壕を攻略することよりもより困難であるといえましょう。
しかし、無形化世界においも浸透戦術に相当する戦術があります。長沼氏はそれを「分進合撃」として解説していますが、ここでは、Nihonist Academy さんの解説が分かり易いので引用させていただきます。

分進合撃
これは,上記の段差防御戦術と,流動的アナログ力特有の流動性の高さを複合した攻略戦術である。

(1) 相手が反撃を加えようと思う規模・次元よりも小さいレベルまで戦力を分散させる。
(2) ただし,戦略目標としての拠点はきっちりと定めておく。
(3) 小規模戦力が各個分進して相手の防御網をかいくぐって突破し,合流して拠点を攻略する。

このような手法を用いることで,相手からすると攻撃目標が小さく,はっきりせず動くに動けない。一方自らの陣営は小規模ながら分進して,同時に拠点に攻勢をかけることが可能となる。
相手からすればハエが一斉に飛んでくるような状態であり,防御は容易ではない。


(上海攻防戦(1937)突入する日本軍、第101師団)

前述の塹壕戦は、戦車と飛行機の実用化によって攻略されるようになりましたが、塹壕戦を見事に攻略した一例が、旧日本軍による上海攻略です。

この兵力と物量、場合によっては士気も上回っていた敵の守る陣地を日本軍は簡単に突破してしまう。制海権・制空権は日本側にあった。7月から海軍機を中心として索敵に努め、十分な兵力を上海市内に集中することにし、また前面の敵の自由行動を許しむしろ兵力を集中させ捕捉殲滅を図ることにした。

(中略)

陸軍はこの時分隊での浸透作戦をとった。第101師団はいわゆる特設師団で、東京の下町を中心とした部隊だった。第1次大戦時の密集重装備と異なり、分散軽装備で兵士は背嚢すら背負わず、弾帯と救急医療用具・二日二食の携行食糧をいれた背負い袋しか持たなかった。

(中略)

この戦いは決して小規模な戦いではない。そして日本軍は敵地で戦った。第1次大戦の鉄則からは攻撃側が必敗である。ところが結果は逆だった。なぜだろうか?

この時、日本軍はブルシロフに端を発する近代的浸透戦術を完全に咀嚼し、傘型分隊突撃法を歩兵操典で基本的な運用方法としていた。この方法は軽機関銃を中心に10人程度の分隊をもって多点に亘って突破を図る方法だ。この方法の基本は分隊の自由意志を基盤にしていることが特徴でさらに日本軍は全歩兵をそれに向けて訓練した。これは現在、通常国陸軍の歩兵や猟兵師団の基本でもある。

一方、この方法は分隊=突撃隊に非常な負担がかかる事を忘れてはならない。すなわち上海=南京間で日本軍は略2万人の戦死者を出している。これは平木証言からみても避けられない損失である。むしろ塹壕で延べ30万人を越える兵士が敵軍と3ヶ月以上対峙し攻勢に出たのならば非常に軽い損害といえるだろう。元参謀本部員はこの戦いを非常な苦戦だったという。これだけの大軍を相手にすれば苦戦に陥るのは当然だが、勝利の仕方は圧倒的だったと評すべきだろう。
(引用:上海決戦

以上のように、軽装歩兵分隊に別れて、多点突破を図ることで、相手の防御ラインに浸透するかのように突破してしまう戦術を、浸透戦術といい、難攻不落とされた塹壕戦の攻略法として有効です。


(画像引用:攻撃陣形


(映画 「二百三高地」 より)

第一次世界大戦の際にみられる戦術上の特徴は、長い防衛ライン同士が対峙しての消耗戦です。そこできわめて重要な役割を果たしたのが、機銃・野砲を装備した塹壕です。

歩兵が地面に塹壕を掘り、突撃してくる敵を砲撃や機銃掃射でなぎ倒す。戦車は飛行機が実用されなかった当時、この防衛ラインはなかなか突破することが容易でなく、双方相当な犠牲を払いつつ対峙する消耗戦となりました。日本人にとって馴染みのあるところでは、日露戦争の旅順攻略の際に二〇三高地を巡る闘いがまさにそうです。この時、日本は優秀な青年将校を多数失い、そのツケは後の日本軍幹部の質的低下として廻ってきました。

 第1次大戦の塹壕の存在理由は歩兵の制圧力にある。過渡的だが塹壕にこもった歩兵に対抗することができるのも歩兵だけとなった。機関銃と移動可能な野砲と小銃の斉射に対抗できる兵器はタンクと航空機であるが両方とも第1次大戦で登場したが現在にみられる性能は保有していなかった。そして恐ろしいことにこの制圧力は一定確率の犠牲を前提にしていたことである。すなわち攻勢に出ても守勢にたってもある程度は消耗し残余で勝利を得るという発想である。
(引用:塹壕

少なくとも(第一次)大戦の初期では、独仏とも密集隊形による銃剣突撃が勝利の鍵を握ると確信していた。クラウゼビッツは勝利の秘訣は、攻勢と局地における優勢だと主張した。これは銃剣での突撃に鍵を置いている記述である。
(中略)
砲弾が頭上で炸裂し、いっぺんに小隊の大多数がなぎ倒されることも当然あった。この密集隊形の不利はすぐ知られ第2次大戦のように散開することが当然とされた。5人から15人単位の分隊での行動が要求されるには至らなかったが、密集攻撃の危険は1914年中には理解され繰り返されることはあまりなかった。
(中略)
だが機関銃による弾幕射撃と小銃の射程距離の向上が事態を変えた。散開攻撃による波状攻撃が考案され時間をおいて攻撃するようになった。しかしこれも密集攻撃と本質は変わらない。つまり同じ機関銃に時間をおいて的(マト)になるだけである。
(中略)
連合国は最終攻勢の実施の時、歩兵の強襲部隊をタンクに置き換えた。だが、攻勢の中軸部隊はペタンの歩兵戦術に基づき、あくまでタンクをもつ歩兵師団で後世の機甲師団ではない。タンクと歩兵は仲良く前進した。当時のタンクは人間が追いつけるスピードだった。

攻勢の中心として歩兵があったのは以前の中心が騎兵だとすれば第1次大戦前後の短い期間にすぎない。しかし攻勢のため消耗品として使われた歩兵の犠牲は忘れられることはないだろう。
(引用:歩兵の戦術

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